2019年10月11日
新規事業室・デピュティゼネラルマネージャーの原田真史は、社内では非常にユニークな“挑戦”をし続けている人物である。ワンダースワン、テレビゲームソフト、デジタルカードゲームなどの企画プロデュースに携わり、アイカツ!を始めいくつものメディアミックスプロジェクトを経験してきた。>>後編はこちら
原田の新しい挑戦が、「ZEONIC TECHNICS Robotics and Programming Course(以下、「ZEONIC TECHNICS」)」である。こちらは全身17個のサーボモーターを装備したザクを“教材”に、スマートフォンでプログラミングの概念とロボティクスの基礎を学ぼうという教育プログラムである。受講者はモビルスーツ「ザク」のキットを組み立て、実際に動かしながら検証を重ねる。それらの学びをより深いものにするためのオリジナル教本も付属している。
「ZEONIC TECHNICS」は、これまでのガンダム商品の中では異質な存在である。その異質さを原田は、「新たな価値(文脈)の提案」だと話す。「ZEONIC TECHNICS」はユーザーにどのような価値を提案しようとしているのだろうか?
今回のインタビューの第1部は「ZEONIC TECHNICS」の概要と提供する価値を、そして第2部では原田のユニークなチャレンジ、これまでの取り組みと仕事への想いを聞いていく。
モビルスーツ開発会社「ジオニック社」の研修生として、プログラミングとロボティクスを学ぶ
「ZEONIC TECHNICS」は、2年前の4月、原田が新規事業室に異動してからスタートしたプロジェクトだ。バンダイ新規事業室のビジョンは、「新しい価値の創造と提供」。単に新商品ではなく、バンダイナムコグループというリソースを活用し、新たな「価値」を持つ商品・サービスをお客様に提案する、というのがミッションの組織なのだ。
まず目標となったのは、2018年10月に開催された展示会「CEATEC 2018」だった。ここに展示するためのものとして提示されたのがザクによる教育プログラム「ZEONIC TECHNICS」というコンセプトである。「CEATEC 2018」でコンセプトへの一定の価値を確認し、2019年6月の東京おもちゃショーでより企画として練られた、具体的な教育プログラムとしての「ZEONIC TECHNICS」が提示された。
「CEATEC 2018」で来場者が最も反応を示したのは「ガンダムの世界観の中で学ぶ教育プログラム」という、本プログラムならではの特長だ。当初の原田は、あくまでも価値は“学び”であり、ガンダムがその第一歩を踏み出すきっかけとなれば、と考えていた。しかしお客様の声を聞くと、世界に入り込めるコンテンツとしての魅力を感じている事に気づいた。より「ジオニック社の研修生」という世界観を強める方向にシフトした展示をおもちゃショーで公開した時、ロールプレイとロボット教育教材を完全にインテグレート(統合)する「ZEONIC TECHNICS」の方向性が決定づけられたという。
「ジオニック社公式のMS講習コースである、という設定そのものが価値になる。現実とフィクションがない交ぜになる、2.5次元的プロジェクトだと思っています」と原田は語った。
現実空間でモノを動かすという大変さと面白さ
少し専門的になるが、「ZEONIC TECHNICS」の具体的な内容に踏み込んでいきたい。ロボットは「鉄腕アトム」が象徴する自分で考え行動する“自律型ロボット”と、「鉄人28号」が象徴する、操縦者の意のままに動く“操縦型ロボット”に大別される。
「ZEONIC TECHNICS」はプログラムによる自律行動、そしてスマートフォンをコントローラのように使う操縦型のどちらにも対応可能だ。それは「プログラム制御」と「マニュアル制御」という2つの基本制御を学ぶことでもある。
まずは「マニュアル制御」だが、こちらは、あらかじめ用意されているプリセットアクションを組み合わせて、ザクをリモートコントロールすることが出来る。自分で組み立て、調整し、開発したMSを思い通りに動かす体験をすることができる。ガンダムファンにとっては、それだけでも堪らない。
しかし、「ZEONIC TECHNICS」は、ここからが開発者としての2段階目の楽しみが始まる。それが、ポーズメイクと、モーションメイクである。まず、ポーズメイクで、ロボットに取らせたいポーズを開発する。専用アプリで、全17個のサーボモーターを動かしてポーズを決める。実際に手でロボットにポーズを取らせ、そのポーズを専用のアプリで取り込む事も出来る。
次に、モーションメイク。自分で作ったポーズに、速度とSE(サウンド)を設定し、モーションを開発していく。通常、モーションとは、動きも始点から終点までの一連の動作(アニメーション)を指すことが多いが、「ZEONIC TECHNICS」は、そこにも楽しく学べる工夫がされている。
ロボットのコントロールを考えた時、動作中のロボットは常に同一のポーズでいるわけではない。例えば、ロボットの手を上げたいと思った時、その直前、ロボットは手を前に突き出している状態かもしれないし、手を下げている状態かもしれない。手を上げるという動作1つとっても、始点―終点という考え方だと、もの凄い数のモーションを用意する必要がある。
そこで「ZEONIC TECHNICS」では、ユーザーは常に終点のみに意識し、取らせたいポーズを設定し、そのポーズへの移行速度さえ設定すれば、自動的にロボットが終点への動きを「中割り」し、スムーズな動作(アニメーション)を行ってくれる。
こうして作ったモーションは、「マニュアル制御」のコントローラー画面に、ボタンとして配置することができ、まるで自分のコックピットをカスタムしているような感覚を味わえるのだ。
そして、もう一つの「プログラム制御」では、ブロックプログラミングで、プログラミングの概念を学ぶ。ロボットに搭載されている距離センサーやジャイロセンサーなどと、作成したモーションを組み合わせて、ロボットに自律行動を取らせる事ができる。ここでは、プログラミングの基礎である「順次処理」「繰り返し」「条件分岐」への学びを深める。
ここまででも教材としては十分機能を果てしているのだが、冒頭の「世界に入り込めるコンテンツを目指したい」という原田のこだわりが際立つのが、ここからである。
その一つが「モビルトレースシステム」である。ガンダムに詳しい人ならニヤリとするはずで、ロボット工学的には「マスタースレイブ」と呼ばれるシステムである。「ZEONIC TECHNICS」は立命館大学のロボティクス研究センターの金岡博士にエンドースいただいており、その金岡博士こそ、そのマスタースレイブシステムの研究・実践者でもある。となれば、このモビルトレースシステムのテスト実装もうなづける。
そして、その極みが「AMBAC(アンバック)システム」の実験的実装である。「AMBAC」は人間のように手足を持つモビルスーツが、宇宙空間で高速で四肢を動かす事で、高価なスラスターなどの推進剤を使わずに姿勢制御を行う技術である。本来は宇宙空間で行う制御を、どう1G重力下で実装するのか。テスト実装とはいえ、大変に興味深く、続報が待たれる。
こういった「ガンダム世界」とのインテグレート(統合)こそが、ファンの心をくすぐるのである。
「デジタル(ゲームやシミュレーションなどコンピューター内の世界)は何でもできてしまうから、立体物にとっての価値は、“自分で触って、学べる、身につく”と言った側面が欠かせないと思っているんです」と原田は語った。ゲーム画面上のザクはCGですごくカッコ良く、プレーヤーの思いのままに動く。しかし、現実のロボットでは重力や各関節の負荷、バッテリー容量などさまざまな制約を受ける。
それでも、「立体物を動かすのは面白いじゃないか」、というのが原田の「ZEONIC TECHNICS」へ込めた想いだ。CGではなくリアルで動くロボット、リアルは大変だけど、それこそが実現であり、実際に動かし挑戦してみることで世界の複雑さを学んで明日に向かって進んで欲しい。それが原田の願いであるという。
「新米技術者に流体内パルスシステムはまだ早い――」
ガンダム世界をロールプレイすることで広がる可能性、楽しさ
それでは、学びを深めるベースである教本を見てみよう。ここにも、ガンダムというSF作品の“モビルスーツの開発者”というロールプレイが体現されている。受講者(購入者)は、ジオニック社のモビルスーツ開発者を目指す研修生としてまず、ミニチュアザクでロボティクスやプログラミングを学んでいく。そしてこの教材(商品)はジオニック社公式のモビルスーツ講習キットであるという非常に凝った物語・設定を提供している。現代のロボット工学のロボティクスを学びながら、その世界に実在しているザクを学ぶ形になっており、ガンダム世界のテキストとしても読み応えのあるものとなっている。
“濃い部分”として、ザクは本来「流体内パルスシステム」という架空のシステムで稼働している。エネルギーを動力パイプで循環させ身体の各部のアクチュエーターを動かす、といった人間が筋肉を動かすようなシステムを使っているのだ。
一方、地球連邦軍は身体の各関節にモーターを組み込み動かす「フィールドモーターシステム」を採用している。「ZEONIC TECHNICS」のザクは全身17箇所のサーボモーターで動いているので、実は「フィールドモーターシステム」の方が近いのだが、教本では、「ロボティクスを学ぶ受講者に “流体内パルスシステム”はまだ早い。まずはロボティクスの基本であるサーボモーターで動く研修用のザクキットで基礎を習得しよう」という説明がなされている。
「ロボットとは何か」、「モビルスーツとは何か」を学びつつ、自分の手でザクを組み上げていく。最初は頭だけでモノアイの動かし方を学び、胴体まで組んでセンサーのテスト、腕を組んでのプログラム、そして2足歩行という形で段階を踏んでロボティクスを学んでいく。
「第1章で自律型と操縦型のロボットの定義を学ぶ。第2章でロボットは『入力』、『制御』、『出力』で動く。第3章は『入力とは?』などなど、あくまでジオニック社の技術者として学ぶ、という体裁を壊さず、ロボットを学ぶカリキュラムになっています」と原田は語った。
もう1つの面白さが、別売りのハンガーデッキとフィギュアセットだ。ハンガーデッキはザクを吊り下げることで、よりダイナミックなポージングを可能にするアイテムだが、注目はフィギュア。約1/60スケールになっており、ザクやパーツと絡めることができるようになっている。このフィギュアは「本当のザクはこれだけ大きな存在なんだ」ということを実感させるアイテムなのだ。17.5mのモビルスーツを動かすにはこの先、どれくらいの要素技術を学ぶ必要があるのか。フィギュアサイズの視点でから動くザクを見ることで、世界に一層入り込める、そういう“舞台装置”なのだという。
「現在、第一線で活躍なさっている現実のロボット開発者には、ガンダムが大好きな方がたくさんいらっしゃいます。ガンダムにはその歴史からくるリアリティと魅力がある。これをぜひ活かしたい。リアルなロボットを組み上げたい、制御したいと思っている層よりも、単純にガンダムが好きだ、という層の方が多い。
ガンダムといえば主要な商品として、プラモデル、フィギュア、ゲームなどが多くのファンに支えられていますが、そういった商品をこれまで手に取っておらずとも、実際にはガンダムファンはもっともっと幅広く、たくさんいる、というのが「ZEONIC TECHNICS」を立ち上げて実感しています。「機動戦士ガンダム」というIPはさらに新しい価値観を創出できるポテンシャルを秘めている。それを世に示すことも私達新規事業室の役割じゃないかと思っています」と原田は語った。
改めて「ZEONIC TECHNICS」のリアルと現実のインテグレートで生まれる可能性、「機動戦士ガンダム」というコンテンツの奥深さと楽しさを実感する。「物語のロボットをいかに現実で実現できるか」という命題は、バンダイにこそご期待いただいているところかもしれない。「機動戦士ガンダム」はそのブレイクスルーとしてぴったりのテーマであるだろう。
©創通・サンライズ
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